住職がゆく 日光街道歩き旅03【草加〜越谷】

住職がゆく 高田ジューショクの記事

jusyokugayuku_03

たぶん朝11:00頃。

今回は草加宿からスタート。

といってもこの記事を書くだいぶ前に歩いたので、ほとんどの記憶はあやふやである。冬っぽい時期になんとなく歩いたという事だけは憶えている。

人間の記憶などいい加減なものなのである。

なのでざっくりと。


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草加,越谷

草加駅前に到着。

ご覧のとおりの快晴で歩くにはもってこいの気候である。

ただ、左足首がなぜかむしょーに痛んでいた。何もしていないのに。意味がわからない。

人間の身体なんていい加減なものである。

 

全国各地の街道整備を行っていた徳川幕府だが、千住~越谷間は沼地が多く、荒川沿いに迂回していた。 1606年、宿篠葉村の大川図書(ずしょ)が幕府に願い出て、村民とともに草っ原を刈り、沼地を埋め立て、千住~越谷間まで一直線の道を作り宿場を開いた。 この時の「草」を刈ったことから「草加」の地名がついたと言われている。

 

草加,越谷

昔、浅草で飲んでから終電で寝過ごして草加の野外で一夜を過ごし、早朝になって立ち食いそば屋でボロボロになりながら腹ごしらえをした記憶があったが……そんな立ち食いそば屋は見当たらなかった。

もしかしたらあれは春日部だったのかもしれない。人間の記憶なんていい加減なものである。

 

DSC_0007

草加にはこういった宿場の風情が残る建造物が多々見られ、心が和む。

 

草加,越谷

東福寺。市指定文化財とのこと。敷地内を掃除するおじさんが何故かこちらを警戒してチロチロ見てくるので、逆にこちらも警戒せざるを得なかった。まったくもって不毛な警戒ドロ試合である。

 

草加,越谷

おせん茶屋(小さな公園)の前方にあるウナギのハリボテ。

数年前、自転車で北海道へ向かったときもこの場所で撮影した。あの頃から何も変わっていない。

「虚」という言葉が頭の中をよぎった。

 

草加,越谷

ここの左手に松並木公園がある。草加と言えばやはりここ。

 

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芭蕉像が鎮座している。

前回来た時は、鳩の白い糞によって白化粧を施した芭蕉が佇んでいたのだが、今回はキチンと清掃されている様子であった。

 

草加松並木

公園のシンボルである矢立橋を渡る。橋の上はなかなかの絶景である。

 

草加,越谷

捕らえた餌を放置プレイする巨大な女郎蜘蛛。

やる気なさそうにぶら下がっていた。昆虫にだってやる気が起きない時くらあるはずだ。

 

草加,越谷

公園出口らへん。絶景から一転し、だいぶ殺風景になってきた。

 

草加,越谷

 

草加,越谷

ここからは越谷まで旧国道をひたすら真っすぐ行くだけ。

退屈なのであえて路地や曲道を選び、知らない土地で迷子になった感を味わう事にした。

 

草加,越谷

蒲生周辺。

普通に生きていたら一生来る事はないであろう土地で、フラフラと二本脚で徘徊するというこの行為。

楽しさと虚しさという相反した感情が交差する、至高の戯れである。

 

草加,越谷

草加,越谷

草加,越谷

草加,越谷

越谷駅前に到着。

「もう帰ろう」という気持ちになるまで、何があるのか越谷駅前を探索してみた。

2分後に「もう帰ろう」という気持ちになったので、ポケットからSuicaを取り出して東武線に飛び乗った。ほんっと何もなかった。びっくりした。

時刻は16:00を過ぎようとしていた。

ネタになりそうな写真が一枚も撮れていない。電車に揺られながらつまらない危惧をし、楽しく虚しい休日が過ぎ去ろうとしていた。

 

 

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